あちらこちらで ~勝手に2本立て鑑賞日記~

映画館で、テレビで、美術館で……ところかまわずその週見たものたちをひとつの感想にこじつける

向井くんがただの”元カレ”と告げられた『A Brighter "Sunny" Day』のこと

 

 

2023年8月14日から8月20日までに見たもの

 

 ”夏は恋の季節”などというのはまやかしのはずである。暖められてじめついた空気にさらされ続け、少しでも冷たいものに触れていたいと思うようになるのに、同じくらい温かくてべたついた人肌が恋しくなるとはいったいどういうことか。

 


f:id:eggscore:20230826170017j:image

 

陽の出ているあいだは確かに苦しいが、夜になってしまえばむしろ他の季節より過ごしやすくなる。『牯嶺街少年殺人事件』に登場する少年たちが通うのは中学校の夜間部で、子どもなら普通は家に帰っている時間に学校に集まって活動をしている。舞台となる1960年の台湾の街はまだ十分にインフラが整備されていなくて、空に呼応した闇が外を包んでいる。その闇を照らすためにシャオスーが手にしたのが、学校のとなりのスタジオから盗み出した懐中電灯。彼はその光で夜に起こるさまざまなものに光を当てて、見つめていく。校舎裏で隠れて乳繰り合うカップルを見つけたことにはじまり、遊びで友達に向けたり自分の寝床で明滅させたり、常にその光を肌身離さず持ち歩いていた。台風の夜、対立するチームを襲撃したときに目の当たりにした、血を流してうずくまる相手のリーダーも彼の手で照らされて初めてその姿が浮かび上がっていた。恋愛、友情、縄張りのこと、試験がうまくいかず夜にはじき出されてしまった青春を彼は自分の手で照らしていく。

 

それでも、彼に見えてるものは決してすべてではないのである。彼が暮らす小さな町の夜にわずかな光で見える範囲など取るに足らない狭い狭いものだ。彼のいる小さなグループどうしの諍いなど些細なことで、シャオスーにとって恋敵でもありグループのリーダー・ハニーは台南まで行ってより広い世界を見ている。そんなこと、恋に落ちたシャオミンのことしか見えていない彼にはわからない。そしてシャオミンにも自分しか見えていないに違いないと思い込んでいる。仲間を背負い闘って死んだハニーや転校してきて外から色んな面白い物を持ち込んでくれるシャオマーを差し置いて「君を守る」なんて、そうでなければ堂々と言えるわけがない。恋をしているシャオスーに見えているのは、そんな小さな小さな世界のことだけだ。

 

彼の姉が、ワンマオに頼まれて聴き取った”A brighter summer day"というエルビス・プレスリーの曲の歌詞が本当は”A brighter sunny day”であるのと同じように、彼はその目の前の世界を正しく感じられていない。シャオミンにとってのシャオスーは、"summer"ほど大きなものではなく、ひとつの”sunny day”の小さな思い出にすぎないのだった。学校の保健室、母の療養する診療所などシャオミンがいるところはいつも陽だまりにつつまれていて、シャオスーと住む世界が違うことはずっと明らかだったのである。でも、プレスリーが確かに”summer”としか聞こえないふうに発音しているのだからどうしようもないのと同じように、闇のなかを生きていたシャオスーがそのことに気づけなかったこともしかたがなかったのである。彼がなにかを変えなければならなかったとすればそれは、懐中電灯を手放すことではなく、正面から試験を受けて「昼」を目指すことだった。最愛の相手を殺めてしまう悲劇に逸れないように必要だったのは、自分が照らせる世界の狭さに目をつむることではなく、ちゃんと広い世界を知ることだったのではないだろうか。

 


f:id:eggscore:20230826170033j:image

 

水曜日の夜に放送された『こっちむいてよ向井くん』の第6話も、主人公に見えていなかった世界と時間を目の当たりにさせられる終わり方だった。

 

共通の友人のはからいで再会し、忘れ物をきっかけに元恋人・美和子と再び会うようになった向井だったが、彼女の家に入り浸るようになってから、自分と離れているあいだに美和子が時間をともにした他の男性の痕跡を見つけることになる。一方の美和子も、”普通の幸せ”を手に入れたかのように見えていた大学の同級生が、自分の人生に悩みながら主体的な選択を重ねて納得のいく人生を送っていたことを知って自身の身の振り方に疑問を感じる。向井も美和子も、再会して10年前に戻り止まってしまっていた時間が一気に動き出した。そこで前に踏み出そうとしたときに見えていた未来がそれぞれ、「俺たち付き合ってるよね」と「(向井は)元カレ……」だったわけである。

 

昔の向井くんも、シャオスーと同じく美和子に「君を守る」と誓ってから関係性にほころびが見え始めた。向井だってシャオスーと同じく、美和子の未来を照らすのは自分しかいないと思い込んでいた。そして美和子もシャオミンと同じように、そう言ってくる相手以外との時間を広げていた。向井にとって人生のなかの重要な「季節」(=summer)だった美和子と再会してからの日々は、美和子からしてみればただの移ろう天気(=sunny)のような気まぐれだったみたいだ。

 

『こっち向いてよ向井くん』の現代東京はどこだって明るくて向井はシャオスーと違いまっとうに”昼間”を生きている。そして『牯嶺街少年殺人事件』のように”力”がものをいう社会でもない。そこで生きる、歳を重ねてちょっと経験が豊かになった33歳にさえ「君を守る」とか言わせてしまう魔物はいったいどんなやつなのだろう。それはきっと”夏”とかいうもわっとした空気でもなく、人間がつくりだした実体があって切羽詰まったものな気がする。そもそも”夏”じたいがまやかしでただの”よく晴れた日の連続”に過ぎないのではないか。「俺たち」もしっかり冷たい目でいろんなものを見つめて、明るいところを生きていこう。