あちらこちらで ~勝手に2本立て鑑賞日記~

映画館で、テレビで、美術館で……ところかまわずその週見たものたちをひとつの感想にこじつける

小津安二郎展にも、日曜22時半の4チャンにも本人は生きていない。『だが、情熱はある』。

※noteで書いていた記事を移行したものです。

 

2023年5月22日から5月28日にみたもの

 

 「だが、情熱はある」を見始めたのは、毎週聴いているオードリーのラジオでも話題に上がるだろうから、ついていくためにチェックしておこうくらいの消極的な理由だった。だが1話をみて、前クールの「ブラッシュアップライフ」の痴漢冤罪救出回と似た余韻を感じてから、これはオードリーファンとしてではなく、ドラマファンとして毎週楽しみにしていくことが決まった。冒頭で毎回「友情物語ではないしサクセスストーリーでもない、そしてほとんどの人にとって全く参考にはならない」とおことわりが入るが、そっくりそのまま何の参考にもせず楽しんでいる。同じように断っておくと、私は山里亮太のほうのライフストーリーを普通にテレビを見ている人と同じくらいしか知らないので、それぞれのエピソードを新鮮に「そんなことがあったのか」と新しく体験している。一方、オードリーのラジオは5年前から毎週聴いていて若林のエッセイも持っているから、あの話がどう映像にされるのかという目線が入っている。私が若林に興味をもったのは、世の中や周りの人間に対する、0でも100でもないなんとも言葉にならない距離感にどうも惹きつけられるからだ。「春日が一番面白い」と春日ファンを公言しながら言われたことしかしないのを何とかしろと迫ったり、自身を”ファザコン”と称しながら人間としてどうかと思う父親の一面ばかり話に出てくることとか。そういう、共感できないけれど心の深いところをくすぐる感情の数々を、このドラマは若林の語り口そのままの感触の余韻を残す映像にしている。そうして若林の(今のところ)売れない芸人としての内面の”深部”を捉えているから、私はこのドラマが好きだ。むつみ荘のインテリアを完全再現しているだとか、服装が当時のままだとかの”細部”を捉えていることはさほど重要ではない。もちろん具体的な証言をあつめていくことは不可欠だけれども、細かいことは手段であっても目的であってはいけない。むしろ深部をとらえるために、制作者と俳優がエピソードを解釈して映像として誇張ともいえる翻訳をすることで、ここまで何度か訪れている「誰かに面白いと思ってもらえた瞬間」が、いっそう心の深いところに余韻を残すのだ。

 ある人間に興味がある人に向けて、その生をどれだけ立ち上がらせるかに挑む試みとして、伝記を書いたり映像にしたりするほかに、その人の痕跡をそのまま展示する方法もある。神奈川近代文学館で開かれていた「小津安二郎展」では、撮影に使われた小道具や撮影風景のオフショットに加えて学生時代の課題だったりノートだったりが展示されていて、小津の生きた足跡をたどっていく内容になっていた。

 小津が何を考えて映画を撮っていたか、そのこだわりの細部はカット割りやメモ書きの記された監督台本に詰まっている。そして戦争に出征した際の手記や映画監督ではない一人の人間としての小津安二郎の深部が否応なく表されていた。若林のエッセイと同じようになぜか心の奥底をくすぐる、遺作『秋日和』における加東大介が軍艦マーチを踊るシーンが、小津がみた戦争を知りそのシーンの絵コンテに残された生の筆跡を目の当たりにするだけで、より近く大きいものになった感覚がある。

 思えば、当時は黒澤・溝口に比べて”地味”だと評されて国際的にも評価が遅れた小津は、春日やしずちゃんの人気に隠れて”じゃない方芸人”として扱われてきた若林と山里に重ねることができるかもしれない。そして小津の作品のストーリーが、誰かが勝ったとか恋が成就したとかでわかりやすく結ばれことが少ないことと、『だが、情熱はある』で、高校時代の好きな人に自分のエピソードトークが聞こえるようにわざと大きな声で聴かせた結果「山里くんって面白いね」と言われた経験とか、久しぶりに会った父親に自身の出演したラジオの感想を求めると面白かったと認めてもらえるもそれがあっさりすぎて煮え切らない若林、のように個人的で些細な変化を捉えて各話のおいしいところにもってきていることは、見ている私の心のを同じやり方で動かしている気もする。

 小津とは違い若林・山里の人生はまだつづいていて、ドラマの描く時世が現在に近づくにつれて本人たちの反応がリアルタイムで観測出来て、それに記憶が呼び起こされてドラマには描かれていないエピソードが語られていくのが楽しい。けれど若林と山里だけでなく、あのとき見た文字や写真の記憶として私のなかで生き続ける小津の情熱も確かにそこにある。